マキノ町中庄にある幡岳寺は、天正11年(1583)に賤ケ岳の戦いで秀吉に敗れ自害した柴田勝家と、その妻で織田信長の妹であるお市の方、そして柴田勝家の家臣であった佐久間盛政の菩提寺とされています。この幡岳寺を建立したのは、盛政の弟である佐久間安政とされており、安政も兄の盛政同様、柴田勝家に仕えていたとされています。秀吉の死後徳川家康に仕え、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの功績によって近江国高島郡に1万5千石の領地が与えられました。そこから国替えで長野県の飯山藩主になるまでの慶長年間に高島郡の領地の中心地に建立したとされています。柴田勝家と佐久間家ゆかりの歴史を感じることができる由緒ある幡岳寺は、近江中庄駅前にひっそりと佇んでいます。




