加賀藩の前田氏は、今津町今津・弘川、マキノ町海津の一部に飛地領を有していました。文禄4年
(1595年)、豊臣秀吉から前田利家に、京への往来のための宿泊地として、今津町今津と弘川が
与えられたことから始まります。前田利家の上洛の際や、前田利常の大坂の陣の出兵時には今津を
経由したと伝えられています。今津浦の湖岸には石垣が見られますが、この石垣は金沢藩が巡検使の
巡回に備えて築いたとされ、約950mの長さがあります。今津代官所が置かれていたとされる付近には、
比較的巨大な石が積まれ、浜辺に突出した部分もあることから、今津浦の船場の痕跡ではないかと考え
られています。この石垣は、近代まで防波堤の役目を担っていました。




