秀吉が重視した今津浦~水陸交通の要所を歩く~

秀吉が重視した今津浦~水陸交通の要所を歩く~

今津は、近江と越前を結ぶ北国海道(西近江路)が通るとともに、近江と若狭を結ぶ九里半街道の起点に位置していたため、古来より畿内と北陸を結ぶ交通の要衝の一つでした。弘安元年(1278)に当地へ勧請された住吉神社は、湖上交通と今津地域の守り神として、多くの人々の崇敬を集めてきました。天正11年(1583)には、賤ケ岳合戦に向かっていた羽柴秀吉が当地を訪れて、住吉神社で湖上交通の安全祈願をしています。賤ケ岳に着いて合戦に勝利した秀吉は、小浜(若狭)から近江へ送られた物資を、必ず当地で船積みするよう命じています。このことは、交通の要衝としての当地の繁栄を大きく後押ししました。
文禄4年(1595)に、今津は秀吉から前田利家に与えられ、以後幕末まで同家(加賀藩)の所領でした。北陸が本拠の前田家(加賀藩)にとって、畿内との交通の要衝であった今津は、交通拠点の一つとして欠かせない所領といえます。今も当地には前田家や加賀藩にまつわる貴重な史跡が、数多く残されています。

JR近江今津駅

約7分

泉慶寺と三浦衆(講)

  • 泉慶寺と三浦衆(講)
  • 所要時間約20分

    文明5年(1473)に創建された浄土真宗寺院。中世の近江には蓮如の教化活動で多くの真宗寺院が創建されましたが、今津・海津・大浦(長浜市)の寺院・門徒は三浦衆(江戸時代は三浦講)という一つの集団を形成し、戦国期には織田信長へ戦いを挑みました。

  • 住所 高島市今津町今津
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約7分

石垣と代官所跡

  • 石垣と代官所跡
  • 所要時間約10分

    加賀藩が整備した波除の石垣が、天川から庄垂川にかけての湖岸沿いに900メートル程残されています。一箇所だけ湖側に向かって突き出た部分があり、出崎と呼ばれています。若狭から九里半街道を通じて運ばれた物資は、ここで船積みされていました。この近くに加賀藩の代官所や蔵屋敷があったとされています。

  • 住所 高島市今津町今津
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約2分

住吉神社

  • 住吉神社
  • 所要時間約20分

    弘安元年(1278)に当地へ勧請されたと伝えられており、湖上交通と今津地域の守り神として、多くの人々の崇敬を集めてきました。本殿の裏には前田利家公の祖霊社があり、当地と前田家(加賀藩)の深いつながりがうかがえます。

  • 住所 高島市今津町今津
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約1分

曹澤寺

  • 曹澤寺
  • 所要時間約20分

    応永年間(1394~1428)に創建されたと伝えられる曹洞宗寺院。かつては舟で境内へ出入りしていました。今も当寺北側に舟入が残っています。また、当寺には前田利家の室である芳春院(まつ)の位牌が安置されており、当寺と前田家(加賀藩)の深いつながりがうかがえます。

  • 住所 高島市今津町今津
  • 電話番号

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約7分

今津家代々の墓

  • 今津家代々の墓
  • 所要時間約10分

    加賀藩領今津の代官は今津氏が務めました。その先祖は河原林甚右衛門といい、前田利家が秀吉から今津を与えられた際に、現地で所領の管理をしていた人物とされています。その跡を継いだ二代目河原林甚右衛門は、藩から「今津」の苗字を与えられて、以後は今津氏を名乗りました。今津氏は当地最大の船持ちでもあったようで、代官として藩の所領を守るとともに、当地の繁栄を支えていました。

  • 住所 高島市今津町今津
  • 電話番号

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約17分

JR近江今津駅・帰路